有限会社京都平安文化財 伏見城跡(指月城) 現地説明会 

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現地説明会

伏見城跡(指月城)発掘調査現地説明会

開催日時 すでに終了しております
2015年6月20日 13:30~15:30
所 在 京都府京都市伏見区桃山町泰長老176-6 【map】
こちらから現地説明会の資料がダウンロードできます。PDFダウンロード

今回の発掘調査について

 2015年4月より、京都市伏見区桃山町泰長老において、集合住宅建設に伴う発掘調査を実施しております。(7月終了予定)
 当該地域は安土桃山時代の伏見城跡の遺跡範囲に含まれます。豊臣秀吉はこの桃山丘陵に二つの城を築城したとされています。現在の明治天皇陵付近に築城された木幡城と、その木幡城より前に建てられたとされる指月城、その二つの城を伏見城と総称しています。今回の発掘調査地は、その中でも秀吉が1592年に築城を開始し、1596年の慶長伏見大地震により倒壊したとされる指月城の遺跡範囲内に位置します。
 伏見城跡はこれまでの発掘調査で、城下町の石垣などが数地点で見つかっていますが、絵図類が残されていない指月城については、その様相をうかがえる確実な成果はなく、その位置すら特定されていませんでした。
 今回の発掘調査では、伏見城跡に関連する遺構(石垣等)や多数の遺物(金箔瓦等)を確認しています。
 自然石が多く割り石石材が少ないという石垣の特徴は、伏見城より前に建てられた聚楽第跡や大坂城本丸跡のものとよく類似し、木幡城に伴う大名屋敷では割り石を多用していることから、今回発見した石垣は、木幡城より古い指月城のものではないかと考えています。
 また、石垣に沿って掘り込まれた堀などから出土した瓦には、金箔を施した金箔瓦が含まれており、五七の桐文や菊文といった文様の種類からも、天下人豊臣秀吉の天守を中心とした城郭に使用された屋根瓦類であったといえるでしょう。
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    石垣(北から)

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    石垣(調査区南端)

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    調査区南端 堀西側の石垣(現地説明会後に検出)

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    出土金箔瓦

現地説明会の様子

 天気予報では、午後から雷雨の予報が出ていましたが、実際は日差しが照り付けるほどの好天気に恵まれました。
 18日の記者発表以降は、テレビのニュースや新聞・ネットで大きく取り上げられ、おかげさまで当初の予想を大きく上回る、2300人程の方々にお越しいただけました。弊社始まって以来の大きな現地説明会となり、嬉しい限りです。ただ、予想を上回る反響と会場の規模が見合わず、会場に入ることのできない多くの方々を外で長時間お待たせする形となり、さらに入場後も混雑の中での現地見学となりましたこと、大変申し訳ございませんでした。整列入場にご協力くださいました皆様に、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 当日は、午前に地元説明会を開催し、平素より本発掘調査にご協力を賜っております近隣の皆さまへ、先立って現地を公開いたしました。ご自分のお住まいの土地の下にどのような歴史が埋没しているのか、皆様興味津津に説明を聞いておられました。
 午後からの現地説明会は、予定していた開始時間を前倒しするほど、早くからたくさんの方々にお越しいただきました。担当調査員の説明を聞きながら、熱心にメモをとっておられる方も多くおられ、出土遺物の展示コーナーでは大半の方々がカメラや携帯端末に貴重な金箔瓦をおさめようとがんばっておられました。
 豊臣秀吉の「幻の城」や「金箔瓦」というインパクトと話題性がこれほどまで多くの歴史ファンや専門家の方々の心を動かすものなのかと、弊社としても今回の発掘調査成果の文化的価値や歴史的意義を再認識させていただきました。今後も続く調査や報告にさらに尽力してまいります。
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周辺パノラマ写真

7月下旬、発掘調査も終盤になりましたので、調査地近くの集合住宅屋上をお借りして、調査地とその周辺の遠景写真撮影をさせていただきました。
その際に撮影したパノラマ写真です。夏空の下に広がる伏見とその周辺の地形や位置関係がよくわかります。
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調査地を中心に写真左が北、写真右が南になります。
中央手前が調査地、その奥の集合住宅が建っている場所が指月伏見城の本丸推定地。そのさらに奥やや左寄りの位置に明治天皇陵があり、木幡伏見城の本丸もその付近にありました。また、写真左の丘陵上に現代の桃山城模擬天守が見えます。写真右側は、緑地の向こうに宇治川が流れています。
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写真左が南、写真右が北になります。
写真左側に宇治川が流れ、観月橋が架かっています。写真中央やや右寄りの辺りが現在の伏見区役所や商店街のある場所になります。写真右端に少し見える丘陵が、木幡伏見城が築かれていた桃山丘陵になり、この写真に写る手前部分の一帯は伏見城の城下町として、当時はずいぶん栄えていたことでしょう。また、写真奥の丘陵は、大山崎や長岡京辺りの京都盆地南西部に広がる丘陵になります。

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